双極性障害とADHDを抱えている22歳の双極人生マックスハードです。
今回は、僕自身の復職体験について正直にお話ししたいと思います。復職に向けて万全の準備をしたつもりだったのに、結果的に社内ニートになってしまい、再度休職することになった体験談です。
これから復職を考えている方、特に定常業務が少ない部署で働く予定の方に、僕の経験が少しでも参考になればと思います。今回は「こうすれば復職後うまくいく」という解答を提示するのではなく、「どうすれば復職後うまくいくのだろうか」を一緒に考えていけたらと思っています。
僕の復職までの道のり
休職から復職まで
僕は大手IT企業で働いていて、2年目の春に適応障害で休職しました。新規事業部署で働いていたのですが、社外交渉や資料作成がメインの仕事で、かなりプレッシャーの大きい環境でした。
休職期間中は、復職に向けてリワークに通所して、朝9時出社にも体を慣らしていきました。人事面談では「こんなに復職準備をしている人は初めて見ました」と言ってもらえるほど、準備は万全だったつもりです。
復職後の現実
2年目の冬に職場復帰したのですが、休職前と復職後で部署全体の業務方針が大きく変わっていました。休職前に僕がやっていた業務は適応障害のきっかけになったということで、復職後は担当から除外されることになりました。
社内ニート生活の始まり
仕事がない日々
復職後は新しい部署の仕事の説明を受けながら、週に1〜2回発生する単純作業を割り振られる程度でした。新規事業開発という仕事の性質上、簡単に割り振れる仕事があまりなく、結果的に社内ニートのような状態になってしまいました。
同期や後輩がバリバリ仕事をしている中、自分一人だけ何もしていない状況に強い焦燥感を感じました。この焦りが日に日に大きくなって、体調も徐々に悪化していったんです。
異動を求めて、でも…
今の部署で働くことの辛さを課長に相談し、異動の話もしてもらいました。でも最短でも4ヶ月後ということで、その時期を待てずに体調が限界まで悪化してしまい、再度休職することになりました。
当時の僕が考えていたこと
準備は完璧だったはずなのに
復職前の準備については、本当に自信がありました。リワークでの訓練も順調で、体調管理もしっかりできていました。だからこそ、復職後にうまくいかなかったことがより一層ショックでした。
部署の特性上、割り振りやすい仕事がないのは仕方のないことだったんですが、もっと自分から積極的に仕事をもらいにいけたのではないかと今でも思います。
同期との差に焦る気持ち
若手社員研修で同期が将来のビジョンを熱く語っているのを聞いて、何も考えられない自分に対する不安と焦りがとても強くなりました。復職直後でそんなことを考えないといけない状況自体が、本当に辛かったです。
どうすればよかったのか一緒に考えてみよう
今の部署でできること
復職後の環境で何ができたのか、今になって考えてみると:
「本当はやりたいけどみんなが忙しくてできていないこと」を探す
同僚にヒアリングして、手が回っていない業務を見つけて取り組む方法があったかもしれません。
同僚の仕事の一部をサポートする
資料作成ならデータ収集、対外交渉なら議事録作成など、仕事に少しずつ慣れていく方法もあったと思います。
新しい環境への移行を考える
復職後という不安定な時期だからこそ、主治医の先生とも相談しながら:
- 社内での部署異動
- 転職という選択肢
これらも視野に入れて考えてもよかったのかもしれません。
復職を控えている皆さんへ
僕は結果的に復職後の社内ニート状態に耐え切れず、再度休職してしまいました。だから偉そうなことは何も言えません。
でも、もし僕と同じような環境で復職を控えている方や、今まさに同じような状況にいる方がこの記事を読んでくれているなら、どうか自分の体と心を第一に考えてください。
話しやすい先輩、主治医の先生、人事の方など、頼れる人を見つけて相談することを強くおすすめします。一人で抱え込まないでください。
自分を責めないで
復職がうまくいかなくても、それは決してあなたの努力不足ではありません。環境や状況、タイミングなど、様々な要因が重なった結果です。
僕も今でも「もっとこうすればよかった」と思うことはありますが、当時の自分なりに精一杯やっていたことも事実です。皆さんも自分を責めすぎないでくださいね。
復職は人それぞれ違う道のりです。焦らず、自分のペースで進んでいきましょう。
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